江戸都市軸

江戸城付近は、ほぼ武家地で、周辺に寛永寺などの寺社地・緑地がとられました。

江戸の活力の源とも言える下町の町人地は、現在の銀座、日本橋界隈に作られるという構成は明快な都市計画が行われたのが窺えます。

日比谷入江を造成して作ったこの町人地は、原則として京間60間の正方形街区の街並みが施され、街区中央には方20間の会所地が割り出されました。

この方20間の会所地は、周囲の高密な住環境の中にある、いわば「遊びの空間」であした。西欧の広場と似ていますが、大きく異なる点が、周囲を囲まれた孤立地であることです。

当時の生活においては、この会所地はうまく機能しなかったようで、家々から流れ出る下水の最終処分地であり、ゴミ捨て場にもされていました。

江戸の景観に関しては、大いなる計画性がありました。江戸城天守や富士山に向けてのヴィスタが明確に意図されていたのです。

例えば、町割の基軸となった常盤橋を起点として浅草橋へ抜ける本町通り。ここでは、江戸城に向かう常盤橋近くで丁度正面に富士山を見通すように設定されていました。

これら富士山を取り込んだ景観は、江戸を代表とする景観として長らく親しまれ、広重、北斎はじめ多くの絵師によって絵画に描かれました。

世界的にトップランクであった江戸の都市の規模、文化の習熟度などは綿密に計画された必然の産物でした。

 

浮世絵:歌川広重

江戸 都市軸 河川 都市計画

DATA

  • Category:

    Urban

  • Type:

    調査・都市計画

  • Location:

    東京都

  • Team:

    YDS, Tokyo Canal PT

  • Size:

    -

  • Status:

    Completed